7.虫を愛でる少女
「やっぱり男の子同士っていいなぁ」
学校へと潜入しにいく二人を見送ったまいこは、ほうっと吐息をもらした。
仲が悪そうにしていても、やっぱり通じあうものがあるのか、いつのまにか二人の息が合い始めている。
二人が仲良くなってくれて嬉しい。そう思うのと同時に、まいこはすこしだけ寂しくなった。
ついさっきまで3人で騒いだりじゃれあったりしていたせいか、いきなり一人になってしまうと、周りがしんとして急に寒くなった気がしてしまう。
まいこは今更のように心細くなった。
「誰かと町を出て遊びに行くなんて久しぶりだもんなあ。浮かれすぎちゃった」
自嘲するようにへへへ、と寒風に赤らむ鼻をこすってみる。
と、急に何かに気がついて慌ててあたりを見回すまいこ。人通りの多い駅前にやっと死角を見つけて滑り込む。
人ではないものに話しかけられるのはその刹那である。
『随分……乱サレテイラッシャル……。菩薩ドノ……』
冷たく、しわがれた様な声の主は足もとに顔をのぞかせた一匹の蜘蛛だった。
しかし、その身体は昆虫にあるまじき大きさで、小型の犬ほどもある。
まいこの細い足の裏からカサカサと這い出てきて、黄と黒の縞模様の足をこすり合わせている様子は、心臓が底冷えするほど恐ろしい。
しかし、まいこは足もとに向かっていつも通りの笑顔を向け、親しげに話しかけた。
「だ、大丈夫ですよ!それに、乱されたわけじゃないんですよ、ヤツカハギさん」
『……シカシ……イツモト違ウ……平静デイナケレバ……』
「はい、いつもと違うのは楽しかったからなんです。だから、心配しないで?ね?」
まいこの慈愛に満ちた笑みが、二列に並んだ八つの目に理解できたのかどうかは怪しい。
ヤツカハギと呼ばれた蜘蛛は、思案するように鎌状の鋏角を開けたり閉じたりしていたが、やがてこう言った。
『菩薩ドノハ冷静デイラッシャルノガイイ……デナケレバ……食ベラレル』
「うん、大丈夫だよ。私は冷静だから」
『冷静デナケレバ……私二食ベラレル……糸ヲ巻カレテ食ベラレル……溶カサレテ食ベラレル……』
蜘蛛は狂ったテープレコーダーのように同じセリフを繰り返す。感情の映らない目に、感情のない声。
まいこはそれに苛立つことなく蜘蛛をあやす。
産毛に覆われた、生暖かくふくらんだ蜘蛛の腹部を愛撫し、わが子に愛を囁くように自分の額を蜘蛛の口もとにある鋏角にくっつけた。
「大丈夫。大丈夫だよ。安心して。私は食べられないから」
もし、まいこのすぐ脇を通り抜けて駅に向かう人々にその姿が見えていたら、彼らはなんというだろうか?
慈愛に満ちた菩薩の降臨?
それとも、異形の虫を抱く不気味な子供?
現実には、小柄な少女と醜い虫が、だれも知らない隙間で身を寄せ合っているに過ぎない。
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